シリーズ福祉に生きる71 久保寺保久

シリーズ福祉に生きる(編者:津曲 裕次)

著者:高野 聡子

発行年月:2019年8月9日刊行

価格:本体2,000円(税別)

ISBN:978-4-908926-14-3

体裁:B6判・120頁・並製・カバー装

シリーズ福祉に生きる71 久保寺保久

知的障害児入所施設「八幡(やわた)学園」を創設した久保寺保久。
既存の概念にとらわれず、園児それぞれに応じた道具や材料を用いて、彼らの発達を促した。
「踏むな 育てよ 水そゝげ」
久保寺が目指した知的障害児との接し方、そして知的障害児施設像が示された標語である。

 八幡学園が広く知られているのは、貼絵やクレパス画で一人ひとりの能力に応じた指導で特異の才能を発揮出来た学園児、特にあの「裸の大将」として知られている山下清等の一群の学園児がいた施設と言った方がわかりやすいかもしれない。その学園を創ったのが、久保寺であった。(「はじめに」より)

 この子らが伸びていった基本は「指導するよりも、まず友達として接する事、安住できる環境作り、叱らない、責めない、誉めること」という園の育成方針にありました。(久保寺光久※前園長『造形教室 回顧』、学園月報「穭穂」通巻88号より)

(目次より)
「学園教師が特異児童を友とする心」(久保寺保久)
1 八幡学園を創設するまで
勉学に励んだ青年期の久保寺保久/京都帝国大学卒業と大阪府立修徳館での障害のある子どもとの出会い 
2 八幡学園の創設と隣保事業への着手
 地域住民の反対と隣保事業への着手/日曜学校の開催と渡辺実の入職/精神薄弱児のための教護部の設置 
3 精神薄弱児施設への特化
施設経営者としての重責と経営難/八幡学園の子どもたち/園児の障害の程度とその基準/園児の年齢と年長者の増加/八幡学園での暮らし/学園の日課/班を作っての生活/生活一般をともにした班/作業を行うための班/園児による自治会/久保寺を支えた八幡学園の教師たち/八幡学園の園舎と農場
4 愛護協会の設立と精神薄弱児保護法の制定を目指して
精神薄弱児保護法の制定を目指して/日本精神薄弱児愛護協会の設立/精神薄弱児保護法の制定を目指して
5 貼絵への注目と精神薄弱児施設についての啓蒙活動
精神薄弱児施設についての啓蒙活動/作品展の開催と作品集の刊行/作品展への反響と戸川行男の『特異児童』刊行/久保寺の作品展に対する思いと「学園標語」/大連市における精神薄弱児施設についての啓蒙活動
6 久保寺の死去と現在の八幡学園
参考文献/年譜

久保寺保久(くぼでら・やすひさ 1891~1942)東京市下谷区〔現・台東区〕生まれ。正則・開成・錦城中に学び、一高、東京帝大英法科を経て京都帝大哲学科卒。大阪の感化教育施設・修徳館〔現・修徳学院〕教諭の後、1928年千葉県八幡(やわた)町〔現・市川市〕に八幡学園を創設。日曜学校、保育所、隣保事業等から始め、やがて知的障害児施設へと特化、図画・木工・裁縫・農作業等によって児童の個性を活かすことに努め、作品展は各地で反響を呼んだ。他施設と協力して日本精神薄弱児愛護協会〔現・日本知的障害者福祉協会〕を設立、障害者法整備も目指した。

【著者紹介】東洋大学文学部教育学科准教授。博士(心身障害学)。専門は特別支援教育。著書に『川田貞治郎の「教育的治療学」の体系化とその教育的・保護的性格に関する研究―小田原家庭学園における着想から藤倉学園における実践まで―』(大空社、2013年)、論文に「八幡学園における入所児の実態と教育・保護の内容―昭和12(1937)~同17(1942)年の処遇方法と物的・人的環境を中心として―」(『障害科学研究』39巻、2015年)などがある。
【編者紹介】長崎純心大学客員教授、高知女子大学名誉教授、筑波大学名誉教授

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