2008年11月刊行
   ビジュアル時代に絵本と挿絵の400年の歴史を一望する
       日本で初めての挿絵・口絵・装幀・童画・絵本の総合事典

 図説 絵本・挿絵大事典 全3巻

   川戸道昭・榊原貴教編著


                                 【体裁】
                                B5判 全3巻(総ページ1074頁)/カラー456頁
                                本体価格 全巻セット 95,000円 
                               




第1巻 図説 日本の児童書400年     川戸道昭 著

江戸の子ども絵本を、草双紙の歴史から図説する。金平本、赤本、黒本・青本、黄表紙に登場する坂田金時、さるかに合戦、桃太郎、武者絵本の相貌をカラー図版で、江戸、明治、大正、昭和と追いながら俯瞰する。
明治以降の子どもの本は、英語リーダーと翻訳から始まる。学校教育、キリスト教の布教、近代文学の成立の影響を受けて、桃太郎絵本も変貌していく。英語教科書の直訳本、翻訳書、児童雑誌の登場、大衆文学の発生の過程で、お伽噺も童話へと、草双紙も絵本へと変化していくその全容を図説する。
大正期に入ると、子どもの本は、社会の全面に登場する。『赤い鳥』『金の船』『童話』という児童雑誌の華やかな雑誌の創刊はもとより、グリム、アンデルセン、ペローと同格に他の西欧作品も繰り返し訳され、挿絵入りの豪華な出版がなされ、少年少女世界文学全集が次々と企画され始める。
挿絵画家は、日露戦争後から浮世絵師から東京美術学校の卒業生やその影響下の画家にバトンタッチされ始める。西洋絵本の影響も受け、童画家の誕生となる。

第2巻・第3巻 絵本・挿絵画家事典   榊原貴教 編著
江戸時代から東京時代(明治・大正・昭和・平成)までの絵本・挿絵画家1200名の列伝。出版文化にかかわる絵画を描いてきた挿絵、口絵、装幀、絵本の掲載書を探索し、初めて一堂に目録化した絵本・挿絵画家事典。これに生没年、略歴、単独画集・著作を付して、江戸時代から昭和初期の挿絵・口絵と装幀絵を添える。

江戸時代

浅山蘆国、歌川国貞、歌川国松、歌川豊国、北尾重政、北尾政演、喜多川歌麿、渓斎栄泉、恋川春町、葛飾北斎、魚屋北渓など。

明治時代
安達吟光、荒井寛方、井川洗厓、池田輝方、一条成美、稲野年恒、印藤真楯、歌川芳宗、海野精光、尾形月耕、尾竹国観、落合芳幾、鏑木清方、梶田半古、久保田米僊、片山春帆、黒崎修斎、小杉未醒、小林永濯、小林清親、小堀鞆音、武内桂舟、竹久夢二、月岡芳年、筒井年峰、寺崎広業、富岡永洗、中沢弘光、中村不折、橋口五葉、橋本周延、平福百穂、鰭崎英朋、藤島武二、藤原信一、松本楓湖、右田年英、三島蕉窓、水野年方、宮川春汀、山崎年信、山中古洞、渡辺省亭、渡部審也など。

大正期
有島生馬、伊東深水、太田三郎、岡本一平、岡本帰一、恩地孝四郎、加藤まさを、木村荘八、河野通勢、小村雪岱、清水良雄、鈴木淳、高畠華宵、武井武雄、田中良、寺内万治郎、名越国三郎、名取春仙、初山滋、蕗谷虹児、細木原青起、本田庄太郎、水島爾保布、柳瀬正夢、山口将吉郎、山村耕花など。

昭和期
飯塚羚児、石井鶴三、伊藤幾久造、伊藤彦造、今村のぶを、岩岡とも枝、江崎孝坪、小田富弥、樺島勝一、川上四郎、河目悌二、黒崎義介、斎藤五百枝、鈴木御水、鈴木信太郎、須藤しげる、田代光、田中比左良、土村正寿、東郷青児、中一弥、中尾彰、中川一政、中原淳一、硲伊之助、羽石弘志、林唯一、深沢省三、藤田嗣治、前島とも、松野一夫、松本かつぢ、松山文雄、嶺田弘、耳野卯三郎、宮本三郎、三芳悌吉、村上松次郎、村山知義、茂田井武、安泰、梁川剛一、横山隆一など。

戦後~平成期
赤羽末吉、朝倉摂、安野光雅、山川惣治など絵本作家を網羅。



【本書の特徴】

1.歴史事典としての絵本・挿絵事典―四〇〇年の歴史を初めて通史でとらえる
美術事典は数多く刊行されているが、それらは画家の個人情報と流派の解説によって、記述されている。本書を歴史事典と銘打つ理由は、絵の様式と主題がいかなる歴史的舞台で獲得されたのかを知ろうとするには、画家が生きた時代の舞台を明らかにする以外にない。とりわけ、絵本・挿絵画家の仕事は歴史的産物といえる。出版文化の興隆と読者の生成と深い関係がある。狩野派の様式と技法の伝授は徳川幕藩体制の美意識と深くかかわったのと同じように、童画が近代の教育の整備と雑誌文化の児童への浸透から生れた。絵画は常に特定の需要層の要求の中から発生し、錬磨され、熟成してきた。挿絵は印刷文化の発生とともに絵画の歴史を生きてきた。江戸時代とか、明治・大正・昭和といった歴史区分を越えて印刷文化が盛衰してきた以上、絵本と挿絵も四〇〇年の通史としてとらえ直す必要がある。変化してきたのは、技術と画家の感性である。

2.児童書の四〇〇年を一つの視野に収める―変化したものは何であったかを探る
児童書の生成は、印刷文化の興隆とともに生れた。草双紙類はその申し子であった。明治の絵本の先駆けとなったのは、博文館の「お伽画帖」や金井信生堂の「教育絵本」といわれるが、そのテーマは「桃太郎」「浦島太郎」などの昔話か「八幡太郎」や「俵藤太」などの英雄もの、あるいは「曾我兄弟」などの仇討ちものがしめる。大正・昭和期の立川文庫も『少年倶楽部』『少女倶楽部』収録のお話もこれを継承してきたが、そのテーマはすべて江戸時代以来のものである。表現技術に変容はあるが、そのテーマに断絶はなかった。変化は銃後の戦争に動員されたり、しつけに重点がおかれたり、技法が革新されただけであった。児童書は社会制度の壁をつきぬけて、四〇〇年の通史としてとらえ直す必要がある。

3.絵本と挿絵の収録書を初めて目録化する―一二〇〇名の挿絵画家の掲載書を一望する
タブロー画家の美術事典は、数多く刊行された。挿絵画家はそれに比べて、作品目録もない。この不遇は、近代の挿絵画家の多くが、タブロー画家の夢破れ、敗北者意識に囚われたことによる。本当に敗北者であったのか。挿絵はいわゆる「純粋絵画」の城外で棲息したが、彼らは絵画の中に「文学性」を導入した開拓者であった。一枚絵の完結性から、絵画の中へ物語を呼び込み、絵画における「文学の領分」を主張した。明治・大正・昭和初期の挿絵画家はその開拓者であった。昭和期の新聞連載小説における挿絵に、タブロー画家が多く招聘されたのは、開拓者としての挿絵画家が準備した賜物であった。その基礎の上に、最近三十年間の絵本作家の出現が予告された。そして、絵本作家は一枚絵とは異なる「美」の基準を作りつつある。挿絵画家の四〇〇年の歴史を再検討する時代が到来しつつある。

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図説 絵本・挿絵大事典』刊行に際して
  ―日本で初めての絵本・挿絵画家の総合事典


 半世紀の間、書物に接し、書物の恩恵をこうむってきた。長い間、書物とは活字文化であると考えてきたが、いつ頃からかその活字を飾る絵が気になり始めた。子どもの頃に読んだ書物にはほとんど挿絵があった。明治期の文学作品を調査し始めると、小説の多くに鮮やかな口絵が飾られている。明治以降の新聞に掲載される連載小説は、挿絵がないと物足らない思いをさせる。挿絵や口絵は常識的には、作品の飾りと思われてきたが、いつごろかその役割が転倒してきた様相を呈し始めている。『図説 絵本・挿絵大事典』の構想は、このような現実をどのように理解するかという問いから生れた。
 この問いを解決しようと、多くの美術事典を渉猟したが、美術事典はすべてタブロー(一枚絵)とその作者である画家に占有されている。挿絵、口絵、装幀の絵は、美術の扱いがされていない。挿絵画家への温かい目は、意外なことに文学事典からさしのべられた。『日本近代文学大事典』『日本児童文学大事典』には、予想以上に絵本作家と挿絵画家の項目が採録されている。
 大正期に活躍した挿絵画家の多くが、晩年になって、タブロー画家として成就できなかったことへの挫折感を、近親者にもらして亡くなった。また、挫折感をいだくことのなかった挿絵画家も、生活のために気がついたらこの道に入っていたと述懐している。彼らは終生、権威による保護を与えられず、創作活動を全うする以外になかった。この事実は、挿絵画家が制度化された「純粋美術」の外で生きてきた現実を物語っている。では、挿絵は美術ではなかったのか。タブロー画家がその一枚のカンバスに構築した美の世界から逸脱していたことは間違いない。挿絵は完結した美ではなく、主人である小説作品の世界を共有している。石井鶴三が昭和九年に「大菩薩峠」の挿絵画集を単独で出版したとき、中里介山は挿絵も作家に著作権があると主張し提訴した。提訴は取り下げられたが、挿絵の置かれている位地を象徴的に示した事件であった。
 この事件は、挿絵画家が「純粋美術」とは異なる美の世界を確立してことを示唆している。美術の中に「文学の領分」を形成したのが、挿絵画家であった。第二次世界大戦後に新聞連載小説に、競ってタブロー画家が招聘されていくのは、その追認といえる。現代の絵本作家はその遺産を受け継ぎ、さらに自立を主張し、物語や話の作者を僕としてきた。
 絵本・挿絵は、美術とも文学とも距離を置き、かつその橋渡しをなす独自の世界を主張し始めた。その自立の過程を、印刷文化の始まったキリシタン版天草本から現代までを俯瞰する事典として編集したのが本書である。印刷史上では、世界最古の印刷物として『百万塔陀羅尼』が知られているが、そこには挿絵はなく、日本の印刷文化史の中で挿絵の初出は天草本『イソポのハブラス』であると考えたゆえである。
 挿絵事典が対象としたのは、江戸時代の草双紙、往来物、明治・大正・昭和・平成の東京時代の文学書、児童雑誌、大衆雑誌、婦人雑誌である。とりわけ「童画」という呼称で概括される大正以降の少年少女向きの本、第二次世界大戦後の幼児向けの絵本とその画家は、重視した。構成としては、「児童書の四〇〇年」では江戸時代から第二次世界大戦までに主眼を置き、「絵本・挿絵画家事典」では明治から平成までに主眼を置いて編集した。双方で扱った画家は一二〇〇名を越し、画家事典の性格から図版はカラー一五〇〇余点、モノクロ四〇〇余点、併せて約二〇〇〇点を掲載する。
 ビジュアル化時代に、印刷文化と出生をともにしてきた挿絵とは何かを考える日本で初めての絵本・挿絵の事典である。美術、文学、教育の研究に関心をもつ方々、ならびに収集・調査・閲覧にかかわる図書館・美術館の方々の座右の書として活用を願う次第である。



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