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シリーズ
福祉に生きる [既刊68巻](継続刊行中)

■企画・編集 津曲裕次・一番ヶ瀬康子
■全巻書き下ろし
■造本 B6判
■各冊定価(本体 2,000円+税)
[1998年−]


 福祉は「人」なり という言葉があります。
 この言葉は、福祉を職業とする者、またボランティアとして活動する者、さらに市民として福祉を担い、同時に主権者として福祉を考えるものにとって、重要なポイントとなります。その「人」、とりわけ多くの先駆者、先輩から、私たちは自らの在り方をしっかりと学ぶ必要があります。しかし今まで福祉を築いた人々については、余り知られてきませんでした。とくに地方の人々については、とらえられることがほとんどありませんでした。著名な人でも、その人の人生の中で、なぜ、福祉が実践され、どのような想いで展開されたかについては、深く探究されたことは少なかったのです。それは福祉を学ぶ者、また福祉を願う者、福祉をうちたてる者にとって、さらに国民全体にとって不幸なことでした。
 このシリーズは、以上のような状況に対し、新しい地平をきりひらくため、積極的に福祉の先駆者、先輩の伝記を改めて探究し、書きおろしたものです。
 是非、多くの人々が手にされ、しっかりと読んでいただけることを、願ってやみません。
津曲裕次・一番ヶ瀬康子




不毛の心を癒してくれる心やさしき人々がいた!
福祉の先駆者たちは、何を思い、どのように闘ってきたのか。

日本の福祉を築いてきたあの人の顔が見える、声が聞こえる。
21世紀『福祉の時代』に心をこめてつたえるヒューマンドキュメント。

〈特色〉日本の福祉を支えてきた先人のことが容易に理解できるように、読みやすい文章と活字。資料として写真・年譜・参考文献などを付す。

【新刊紹介】
第68巻 平野恒

■亀谷美代子 著
■造本 B6判/並製/カバー装/214頁
■定価(本体2,000円+税)
■ISBN978-4-283-01442-8
[2015年11月刊行]

次の世代を担う子どもを育てる。いつのときも、保育を必要とする子どものために
「なぜ保育がこの子どもたちに必要なのか」「保育とは何なのか」を考えること。
「保育事業の真の目的は、子どもを集団生活になじませることよりも、
まず子どもの生命の尊さを、子どもにも人としての権利を認めることが重要だ。」

●平野 恒(ひらの・つね/平野恒子 1899〜1998)
神奈川県藤沢生まれ。仏英和高女(現白百合学園)・青山学院神学部に学ぶ。婦人矯風会婦人ホーム寮長から貧困生活児のための保育施設園長となる。キリスト教精神に基づき春光園母子寮を、戦争遺族救済のために横浜母性学園を開く。戦後は、戦災孤児や浮浪児を救う施設や養護施設・高風子供園を設立。専門的な知識技術に長けた保母の養成を目的に横浜保母学院を創設、後の横浜保育専門学院、現・横浜女子短期大学へと発展させ、保育者養成を高等教育に位置づけた。児童福祉施策の実現、保育者の地位向上・待遇改善に尽力し「神奈川のお母さん」と呼ばれた。


第67巻 原崎秀司

■中嶌 洋 著
■造本 B6判/並製/カバー装/166頁
■定価(本体2,000円+税)
■ISBN978-4-283-01441-1
[2014年10月刊行]

日本最初の組織的ホームヘルプ事業である「家庭養護婦派遣事業」(現在の訪問介護派遣事業)を創設した。
原崎が導入したホームヘルプ制度は、現代日本社会の根底を支える在宅福祉・地域福祉をもたらし、さらに将来へとつながっている。

●原崎秀司(はらさき・ひでし 1903〜1966)
長野県埴科郡戸倉町(現千曲市)生まれ。山本鼎に農民美術を学び、短歌を嗜み、法政大学文学部哲学科で三木清に師事した。卒業後厚生省入省、全日本方面委員連盟書記として雑誌編集や映画製作に従事。長野県に転出後、県社会事業主事、人事委員会事務局長、日本赤十字社長野県支部事務局長、県社会福祉協議会理事などを歴任。県厚生課長時代、欧米社会保障視察研修中に感銘したイギリスのホームヘルプ制度を取り入れ、上田市で始めた全国初の家庭養護婦派遣事業が、ホームヘルパー制度誕生の契機となった。「日本の社会福祉を進めた100人」(福祉新聞社主催)の一人にも選出された。

第66巻 菊田澄江

■遠藤久江 著
■造本 B6判/並製/カバー装/170頁
■定価(本体2,000円+税)
■ISBN978-4-283-00600-3
[2014年5月発行]

戦争の犠牲者となった子どもを抱えた母親たち。困窮を極めた母と子のために必要なもの、それは、働くための職業技術を教え、仕事も出来て、子どもの世話も出来る、授産所と保育所を創り上げなければ。
さまざまな困難を克服しながら、持ち前の熱意と行動力で、それらを創り上げていった。

●菊田澄江(きくた・すみえ 1906〜1995)
栃木県足利に牧師・森田金之助の次女として生まれ、大阪で育つ。ウヰルミナ女学校(現・大阪女学院)、大阪府女子専門学校(後の大阪女子大学、現・大阪府立大学)英文科卒業後、ウヰルミナ女学校英語教師となる。戦中に夫を亡くし、三児を育てながら、銀座に進駐軍向けのナオミ洋装店を開く。1954年、東京・世田谷に、キリスト教精神にもとづく、職業訓練のための母子寮ナオミホーム、ナオミ保育園を設立。全国初の病児保育や、産休明け乳児保育・0歳児保育等にも先駆的に取り組み、生涯を母子家庭の自立・子育て支援のために捧げた。

第65巻 奥村多喜衛

■中川芙佐 著
■造本 B6判/並製/カバー装/240頁
■定価(本体2,000円+税)
■ISBN978-4-283-00599-0
[2013年12月発行]

「高知新聞」2014年1月13日、「福祉新聞」2月24日に紹介記事掲載

日本人移民と日系人のために働いたキリスト教伝道者
「大切なのは「これからどうするか」であり、自分達で運命を切り開く覚悟を決めなければならない。」

●奥村多喜衛(おくむら・たきえ 1865〜1951)
土佐国(現・高知県安芸郡田野町)生まれ。高知中学(現・高知追手前高校)に学び、土佐自由民権運動を経て、同志社神学校卒後、1894年、キリスト教伝道者としてハワイに渡る。日本人社会の基盤づくりから始めて、「排日」という差別に立ち向かうため、米国人と対等に生きる日系人を育成した。1932年には高知城を模した教会堂「マキキ聖城基督教会」を建て、全米最大の日系教会として、時代に即した役割を果たした。大戦前後には、日米平和のために働き、真珠湾攻撃の窮地に身を置きながら、日米の間に立ち、打開策を打ち出してゆく「国際福祉」の先駆者であった。

第64巻 小林運平/近藤兼市

■佐藤忠道 著
■造本 B6判/並製/カバー装/256頁
■定価(本体2,000円+税)
■ISBN978-4-283-00598-3
[2013年10月発行]

紹介記事・書評掲載多数…「秋田魁新報」2014.4.4と3.23、「聴覚障害」2014.3、「おおだて新報」2013.12.7、「北海道新聞」2013.11.21(小樽版)・22(札幌版)

歴史のひだの中に埋もれてはならない!
北海道特殊教育・盲聾唖教育の嚆矢 学校運営に奔走し続けた先覚者二人の生涯

●小林運平(こばやし・うんぺい 1865〜1916)
羽後国大館(現・秋田県大館市)に生まれる。秋田師範学校卒業後、秋田県・北海道で小学校教員として勤務しながら、下宿に盲唖私塾を開設。私財を投じて寄宿舎機能をもつ小樽盲唖学校を開校し校長となる。運営資金を市民に求めた賛助員制度を立ち上げ、東京の先進校で最新の指導方法を学び、盲聾唖児実態調査を実施するなど盲唖教育の普及に取り組んだ。

●近藤兼市(こんどう・けんいち 1896〜1947)
北海道札幌に生まれる。北海道札幌師範学校卒業後、小学校教員の傍ら、吃音矯正講習会・北海吃音矯正学院を開き聾唖児を指導。札幌盲唖学校(後の札幌盲学校・札幌聾話学校)を開校、大日本盲唖実業社を設立し盲唖者の職業訓練も行う。現・北海道清水町で聾唖職業研究所・北海道聾唖農志塾を開設、聾唖者の自立の道を追求した。

第63巻 大場茂俊

■大場 光 著
■造本 B6判/並製/カバー装/234頁
■定価(本体2,000円+税)
■ISBN978-4-283-00597-6
[2013年7月発行]

障害をもつ人の人生に絶え間ない支援を
その時々のステージに必要とされる「生涯の支え」を

●大場茂俊(おおば しげとし 1923〜1998) 北海道月形村(現月形町)に生まれる。函館にて金子家綱氏の精華育英会の援助を得、日大法文学部卒業。その後、精華育英会の事業継承のため物価庁退職、七重浜で大場精油所を経営。当時、地域の働く母親の切迫情況により、昭和28年上磯町に七重浜保育園開設。諸般の事情により油脂工場閉鎖。闘病生活を送り、後、保育園で障害児との出会いを契機とし、社会福祉法人「侑愛会」設立。障害者療育の総合施設「おしまコロニー」に発展させた。

第62巻 江常男

■佐藤勝彦 著
■造本 B6判/並製/カバー装/226頁
■定価(本体2,000円+税)
■ISBN978-4-283-00596-9
[2012年発行]

右眼両腕を失いながら、人生に挑み続けた男に、福祉の実践を学ぶ
アニメ映画化「明日の希望 ―高江常男物語―」(山田火砂子監督・現代ぷろだくしょん製作)
 ■映画について詳しくはこちら(現代ぷろだくしょん 映画「明日の希望」公式サイト)

●江常男(たかえ つねお 1927〜2007) 事故で10歳で右眼を、19歳で両腕を失いながらも新聞記者となり、さらに授産事業として、障害者が働くクリーニング工場を主体とした社会福祉法人北海道光生舎を創業。北海道赤平市を拠点に、障害者の就労支援施設を数多く展開。グループ全体で利用者・従業員併せて1,400人に達する、道内はもとより日本一の障害者授産施設とした。


第61巻 永井隆

■山田幸子 著
■造本 B6判/並製/カバー装/192頁
■定価(本体2,000円+税)
■ISBN978-4-283-00594-5
[2011年発行]

医師であり自身も原爆の被爆者でありながら、救護活動を指揮、
重傷闘病中の自己を研究・記録。その壮絶・凄烈な生涯に誰もが感動!
 「〈世界の〉永井隆」にいま新たな光!

●永井隆(ながい たかし 1908-1951) チェルノブイリ原発事故のとき、国内外の医師たちの心を動かし影響を与え、東日本大震災に駆けつけている人たちの支えともなっている〈世界の〉永井隆。 放射線研究者・医師として昭和20年8月9日、長崎で被爆。自らが負傷しながら、不眠不休の救護活動を指揮、救護記録はのちの被爆研究の重要な証拠資料となった。また、被爆した自身の原爆症を克明に観察・記録した不屈の精神力。枢機卿、ヘレン・ケラー、昭和天皇も会いにみえた! 被爆後、病床で短時日に多数の著作を発表。『長崎の鐘』は映画・歌謡曲にもなり、『この子を残して』は多国語に翻訳される。永井隆平和賞(島根県雲南市)、永井隆記念館(長崎市)など、その精神は今も世界中の多くの人たちの心に生きている。


第60巻 奥田三郎

■市澤豊 著
■造本 B6判/並製/カバー装/308頁
■定価(本体2,000円+税)
■ISBN978-4-283-00593-8
[2011年発行]

医療と教育と福祉の統合を求めた生涯。
多くの人材を育てた北海道“特殊教育の祖”奥田三郎(おくだ・さぶろう 1903〜83)。

稀にみる透徹した吟味と綿密な実証で「人間理解とその探究」の研究に捧げた
真の人となりを、遺された貴重資料を駆使して明らかにする労作。

(内容より)北海道・旭川・遠軽・札幌/松澤病院・小金井学園・瀧乃川学園/留岡清男・児玉昌・城戸幡太郎・石井亮一/特殊教育・精神医学・心理学・社会福祉 ○初の詳細年譜を収録

人 物 内 容 著 者

1.山高しげり

戦前戦後にかけ、母子福祉を中心に多岐にわたる社会事業の実践を続けた山高しげりの足跡

鈴木聿子

2.草間八十雄

数多くの社会調査で浮浪者・芸妓などの生活実態を明らかにし、社会事業の基礎づくりに貢献した草間八十雄の足跡

安岡憲彦

3.岡上菊栄

無休、無給の奉仕生活のなかで昭和22年、81歳で燃えつきるような生涯を閉じた岡上菊栄の足跡

前川浩一

4.田川大吉郎

政治家として、キリスト教徒として、都市政策、救貧事業などに尽力した田川大吉郎の足跡

遠藤興一

5.糸賀一雄

「主張を行なうことのできない人の利益を、だれが代弁するのか」と、「発達保障」の理念に基づく障害者福祉に献身した糸賀一雄の足跡

野上芳彦

6.矢吹慶輝

社会事業教育の先駆けとなる宗教大学(現大正大学)の社会事業研究室を開設した矢吹慶輝の足跡を辿る

芹川博通

7.渡辺千恵子

平和運動に身を投じつつ、障害者が自立した生活を営める「福祉のまちづくり」に参画した渡辺千恵子の足跡

日比野正己

8.高木憲次

日本の障害者福祉、とくに肢体不自由児・者の療育事業の開拓者、推進者として貢献をした高木憲次の足跡

村田 茂

9.アーノルド・トインビー

セツルメント運動の先駆者で、日本の社会運動に大きな影響を与えたアーノルド・トインビーやバーネットらの足跡

高島 進

10.田村一二

糸賀一雄らとともに「近江学園」を創設し、歯に衣をきせぬもの言いと素直さで、多くの人々に親しまれた教育実践家田村一二の足跡

野上芳彦

11.渋沢栄一

日本経済界の最高指導者の一人であるとともに、養育院の設立など社会福祉事業に尽力した渋沢栄一の足跡

大谷まこと

12.塚本 哲

現在の地域福祉政策を先取りするほどの意義を持つ、コミュニティ・オーガニゼイション活動を行なった塚本哲の、79年の波乱多き日々

天野マキ

13.ジョン・バチラー

当時の和人や欧米人によるアイヌに対する民族差別に立ち向かい、「アイヌの父」として知られたジョン・バチラーの生涯

仁多見巌

14.岩永マキ

、「目の前に助けを必要とする人がいるから手助けをする」との信念に基づき、生涯を育児活動と信徒教育に捧げたクリスチャン、岩永マキ

米田綾子

15.ゼノ神父

日本にまだボランティアという考えや言葉すらなかった時代に、そのお手本を示したゼノ・ゼブロフスキー修道士の91年の生涯

枝見静樹

16.ジェーン・アダムズ

平和、女性問題、福祉などを一体として正面から論じて実践し、日本の女性運動家たちにも多大な影響を与えたジェーン・アダムズの足跡

木原活信

17.渡辺海旭

日本仏教協会(現日本仏教学会)の設立者で、仏教研究者の立場から社会事業にも広く関わった渡辺海旭の軌跡

芹川博通

18.ピアソン宣教師夫妻/佐野文子

35年にわたって北海道で伝道活動を行なったピアソン宣教師夫妻と、廃娼運動や孤児救済に献身した佐野文子の足跡

星 玲子

19.佐藤在寛

函館聾唖院の再建など、北海道での障害児教育に情熱を注いだ佐藤在寛の足跡

清野 茂

20.シャルトル聖パウロ修道女会

函館で福祉事業と女子教育を行なった、カトリック教会のシャルトル聖パウロ修道女会の活動

泉 隆

21.海野幸徳

海野の理論構築によって、社会福祉は大きく進展、国家が行う重要な事業の一つとして位置づけられるようになった 

中垣昌美

22.北原怜子

ゼノ修道士とともに墨田公園の「蟻の町」に住みつき、わずか28年の生涯を浮浪者救済に捧げ、「蟻の町のマリア」と慕われる

戸川志津子

23.富士川 游

日本の近代医学ならびに医学をとおして社会福祉の在り方を学問的に体系づけた先覚者。医療と福祉の社会的対応の必要性を説く

鹿嶋海馬

24.長谷川良信

仏教者であると同時に教育者として淑徳学園を設立。救済する側もされる側もあくまで対等であるという、徹底した「利他共生」の立場を貫く

長谷川匡俊

25.山谷源次郎

孤児を育て、自立させ、社会復帰を目指す拠点としての「孤児王国」を、行政に対する物乞いをすることなく運営した

平中忠信

26.安達憲忠

東京の窮民救済施設「養育院」を運営。窮民を生み出した根本原因を追究するとともに、その事業推進に全身全霊を注ぐ 

佐々木恭子

27.池上雪枝

明治16年60歳を目前に、わが国初の感化院を設立。少年救護事業の草分け。道をはずれた少年に教育を施し、本人の自覚を促す必要を説く

今波はじめ

28.大江 卓

「同情は…同情する側の(賎民に対する)優越意識にたっており、否定はしないが効果としては低劣だ」「賤民」救済活動を人道的立場から実践

鹿嶋海馬

29.生江孝之

保育所事業の開始・海外調査研究・済生会創設・社会事業綱要執筆・日本女子大での指導など、社会福祉のあらゆる分野の開拓に従事した

小笠原宏樹

30.矢嶋楫子

矯風会を拠点とした活動を通して廃娼運動を積極的に展開。婦人の社会的地位の向上にも多大な貢献を果たす

今波はじめ

31.山室機恵子

「日本救世軍の母」とも呼ばれ、廃娼運動、凶作地子女救護、結核診療所設立等々、夫の軍平と共に救世軍の活動に42年の短い生涯を捧げた

春山みつ子

32.山室軍平

「社会鍋(クリスマス・ケトル)」に象徴され、貧しい人々の救済のために戦う救世軍。その司令官として、生涯を日本救世軍の奉仕活動に捧げた

鹿嶋海馬

33.林 歌子

博愛社を拠点に、孤児たちと生活を共にしながら駆け抜けた前半生。矯風会を拠点に女たちの自由を求めて闘い続けた後半生。「一日一日を一生と思って最善を尽くした」波乱に富んだ生涯

佐々木恭子

34.奥 むめお

消費者としての主婦の立場から主婦連合会(主婦連)運動を展開。物価問題・反不正商品の活動から児童福祉・母性保護まで幅広く取り組んだ

中村紀伊

35.エベレット・トムソン/ローレンス・トムソン

異国の地日本で横須賀基督教社会館を設立、ソーシャルワーカーという具体的専門性を通して親子で地域福祉に向かい合ったアメリカ人親子

阿部志郎・岸川洋治

36.荒崎良道

金沢市における民間福祉事業の指導者。「母子福祉」の理念をモットーに仏教者の立場から社会福祉事業を実践

荒崎良徳

37.瓜生イワ

近代日本の黎明期、当時では高齢の40歳から69歳で没するまで、教育慈善事業一筋に生きた瓜生イワの足跡

菊池義昭

38.中村幸太郎

中世救貧法研究を地道に積むことで、わが国の社会福祉学に貢献した中村幸太郎の足跡

桑原洋子

39.久布白落實

性を人権としてとらえ、性の自己決定権の確立を願い、矯風会活動を中心として廃娼運動を積極的に展開。売春防止法制定に貢献するとともに、晩年には性教育の取り入れにも取り組んだ

高橋喜久江

40.三田谷 啓

わが国に保健婦制度を定着させるために尽力。在宅医療や在宅看護が大きなテーマとなった今日、その先駆的な意味を持つとともに「ノーマライゼーション」の大切さを教えてくれる

駒松仁子

41.保良せき

わが国に保健婦制度を定着させるため、多大な尽力をした保良せきの足跡

相澤譲治

42.小池九一

「職員も家族も生徒も渾然一体となって報恩学園という一大家族」という理想を胸に、生涯子どもの教護事業に力を尽くした小池九一の足跡

平中忠信

43.大石スク

貧しい子どもたちのために全身全霊を傾け、凝縮された3年間を駆け抜けた大石スクの足跡

坂本道子

44.宋 慶齢

若い頃は中国革命の先覚者・孫文の妻でもあり、社会福祉が国境を超え、世界平和とつながっていることを唱導した宋慶齢の足跡

沈 潔

45.田中 豊/田中寿美子

重度身障者の生活の場としての療護施設づくりに尽力した田中豊・寿美子の足跡

川村邦彦・石井 司

46.萬田五郎

茨城県日立市長として、市民の協力とともに地域福祉活動に積極的に参加、福祉政策・福祉施設の充実に積極的に取り組んだ

清宮烋子

47.吉見静江

行政官として、そしてキリスト教者として、善隣の思いを女子教育に、さらに児童福祉を中心とする社会福祉活動へとひたむきに歩み続けた

瀬川和雄

48.川田貞治郎

知的障害児の教育的治療学の確立に生涯をささげた川田貞治郎の足跡を辿る。

吉川かおり

49.石井筆子

夫・石井亮一とともに障害児教育・福祉事業に邁進した石井筆子の足跡中学校道徳教材としても取り上げられている人物。

津曲裕次

50.大坂鷹司

自身の苛酷な運命に翻弄されながらも、信仰と強い志、そしてユーモアをもって児童保護の基礎を築いた大坂鷹司の足跡

小松 啓・本田久市

51.石井亮一

1891(明治24)年に日本で最初に知的障害児施設を創設した、知的障害者教育・福祉の先駆者、石井亮一の足跡

津曲祐次

52.長谷川 保

揺るぎないキリスト教信仰を支えに、医療福祉全域に事業を展開、今に続く「聖隷」グループを築き上げた長谷川保の足跡

小松 啓

53.姫井伊介

昭和の初期、山口県政、参議院を舞台に、社会福祉の新時代を見据えて、粘り強く多様な活動を展開した姫井伊介の足跡

杉山博昭

54.若月俊一

治療一点張りの医学のあり方を批判し、予防と健康管理の重要性を説いて、地域医療に新しい一頁を切り開いた若月俊一の足跡

大内和彦

55.江角ヤス

原爆による殉難学徒たちの供養と「純心教育」の復興、被爆者福祉事業に一生をささげた、純心高等女学校校長・江角ヤスの足跡

山田幸子

56.森 章二 筋ジストロフィー症を背負いながら、障害者の連帯活動、車いす市民集会の開催などに奔走する森章二の姿 飯尾良英
57.近藤益雄 戦後の長崎で、知的障がい教育・福祉の実践者として、家族ぐるみで苦闘した詩人教師・近藤益雄の姿 清水 寛
58.長沢 巌 障がい者のみならず、高齢者も地域の人々も一緒になって、ともに生きる共同体の実現に邁進した長沢巌の一生 長沢道子
59.グロード神父 フランス人宣教師として来日、函館に〈尊厳をもって生きる〉「高齢者人権憲章」の理念のもとに高齢者施設を開設、函館野外劇創始など地域活性化にも貢献 白石 淳
60.奥田 三郎 精神障害者医療と精神薄弱者福祉の実践現場における臨床経験から治療教育的人間学を体系化した奥田三郎。「人間理解とその探求」の研究に捧げた真の人となりを、遺された資料から明らかにする。 市澤 豊
61.永井 隆 医師であり原爆の被爆者でもあった永井隆の福祉活動の源泉を探る。永井隆の著した童話・漫画・戦線絵たよりも掲載。 山田幸子
62.江常男 右眼・両腕を失いながらも新聞記者となり、さらに障害者の就労支援施設・社会福祉法人北海道光生舎を創業、日本一の障害者授産施設へと築き上げた。 佐藤勝彦
63.大場茂俊 北海道函館市・北斗市の社会福祉法人・侑愛会、障害者療育総合施設「おしまコロニー」創設者・大場の執念の生涯と、その発展の軌跡。 大場 光
64.小林運平/近藤兼市 戦前の北海道で盲聾唖教育のさきがけとなり、義務教育から見放された子どもたちの教育に生涯をかけた二人の教師。一人ずつ書かれた二部構成。 佐藤忠道
65.奥村多喜衛 ハワイ日系人社会の指導者として、キリスト教伝道の傍ら、教育・福祉・矯風活動、日系市民会議、日米問題解決運動などを展開。 中川芙佐
66.菊田澄江 戦後、困窮を極めた母子家庭のために、母子寮・授産所・保育所を設立、病児・乳児保育にも先駆的に取り組んだ。 遠藤久江
67.原崎秀司 長野県で日本最初の組織的ホームヘルプ事業である「家庭養護婦派遣事業」(現在の訪問介護派遣事業)を創設した。 中嶌 洋
68.平野 恒 現・横浜女子短期大学を創設、保育者養成を高等教育に位置づけ、児童福祉施策の実現、保育者の地位向上・待遇改善に尽力した「神奈川のお母さん」 亀谷美代子